第壱話 英雄の正体
夕闇が迫る東京のスカイライン。
遥かに紫色の雲の中に富士山が見える。
品川を最終防衛ラインにすることは予め決まっていた。
突然海から半身を現した、
全長50mほどもある怪獣は、黒い体を揺すって、
上陸を開始しようとしていた。
鳥のような、獣のような異常な鳴き声が
品川を揺さぶった。
私は赤外線レーダーで怪獣の体躯を把捉した。
「攻撃開始!」
私の命令で、都合6機の対巨大生物攻撃用特殊戦闘機
シグルド1号から6号までがミサイル攻撃を開始した。
地球環境の激変のためか、
次々と現れる巨大生物を処理するために結成された
国連軍特殊部隊、
AMT、対モンスタータスクフォース(Anti-Monster Taskforce)が
結成されて、2年になる。
怪獣-後にベロクロスと正式に命名された-は、ミサイル攻撃には
びくともせず、突然火を吐いた。
天木隊員が操縦する4号機が被弾し、海へ墜落していった。
「天木!」
私は火を噴いて落ちていく天木機を見ながら、
彼の命だけでなく、予算の心配もしていた。
330億円というところだろうか。
あの戦闘機は、特殊仕様なので馬鹿高い。
ちなみに、今飛んでいる戦闘機だけで2000億円。
燃料費や弾薬費等も入れれば、2100億円程度の金が
空を飛んでいることになる。
今そのうちの330億円が消えたのだ。
「隊長、駄目です、ミサイル攻撃は効きません!」
3号機の西村隊員が悲鳴を上げた。
怪獣は品川に上陸し、火を吐いて品川プリンスホテルを
炎上させた。
そのとき。
海の一隅が突然光った。
海の中から、体を黄金色に光らせる、体長50mほどの巨人が現れた。
「やった、ゴールドマンだ!」
隊員たちの安堵に満ちた声を聞きながら、
私は皮肉な思いを味わっていた。
これで今日の仕事は終りだ。
ゴールドマンは、
言語とも掛け声ともつかない声をあげて、
怪獣に迫った。
怪獣はゴールドマンに気付き、火を放った。
ゴールドマンは火を浴びて海に投げ出されたが、
すぐに立ち上がって怪獣に飛び蹴りを加えた。
5号機の山本隊員が通信をしてきた。
「隊長、ゴールドマンを援護しましょう!」
「ん、ああそうだな」
私は怪獣の眼を狙ってレーザービームを発射するよう
各機に命令した。
だが、毎度のことだがゴールドマンがでてきたら
私たちの仕事はほとんど終わったようなものなのだ。
ゴールドマンが出現してから
きっかり2分53秒後、
ゴールドマンは両腕を交わして
必殺のニュートラル光線を怪獣に浴びせ、
怪獣は粉々になった。
ゴールドマンは、すっかり暮れた空を一旦見上げ、
空へと去っていった。
怪獣のバラバラになった血や肉片は、
品川だけでなく六本木や赤坂の方にまで大量に飛んでいった。
後で聞いたが、何十人かそれでまた死者が出たらしい。
だが、生命保険の約款で怪獣事件による死亡については
生命保険金は下りないことになっている。
死に損という奴だ。
千葉県のディズニーランドの近くに、
AMTの洋上基地がある。
帰還した我々を待っていたのは、
藤原アイコ隊員が嬉しそうに述べた、
海上保安庁からの
天木隊員が助かったという報告だった。
「本当に運の強い奴だよなあ」
西村隊員が笑いながら言った。
本当に彼らは知らないのだろうか?
それとも知らないふりをしているのだろうか?
私はもはや確信している。
天木隊員がゴールドマンだということを。
私は天木隊員が入院したという病院の名前を聞いた。
隊員たちに待機を命じて、
見舞いに行くことにした。
作戦室を出て、車両に乗るために一般区画に出ようとしたとき、
非戦闘隊員の一人が声を掛けてきた。
「あの・・・お待ちの方が・・・」
私は彼女が指し示す方を見た。
「今日はおめでとうございます。隊員の方も無事だったようで・・・」
四井重工のセールスマンだ。
「今日も売り込みかね」
「はあ・・・、あ、次期支援戦闘機についてですが・・・」
この前の入札で2機の枠を失ってしまった四井は必死だ。
戦闘機の機種および製造工事の入札については、
実戦部隊指揮官の意見も重視されるので
私に媚びを売りに来ている、ということだろう。
これは他のメーカーも同じだ。
セールスマンの三橋は下卑た追従笑いを浮かべた。
「これから隊員のお見舞いで?その後お暇がございましたら、
一席設けたいのですが・・・」
私は首を横に振って申し出を断った。
「いいえ、少々まだ残務がありまして」
彼らには隙を見せないことだ。
はっきり言って、怪獣退治の方がずっと楽だ。
ほとんどゴールドマンがやってくれる。
だが、ゴールドマンのお蔭で
ほとんど無用の長物と言われているAMTは
莫大な予算を掛けられているために、
周りに多くの魑魅魍魎が涌いてくる。
私たちが日々戦っている怪獣よりも手強くて恐ろしい相手だ。
それは人の形をしているから始末に悪い。
前隊長も、その魑魅魍魎に魅入られて失脚した。
どうということはない、せいぜい10億円程度の
対空特殊ミサイルの納入でワイロを取ったと
週刊誌に書かれ、
国会に喚問されて地位を失ったのだ。
まだ任務中に怪獣に殺された方が、
軍人としては気が利いている。
私は黒塗りの公用車に乗って、
運転手に行き先を指示した。
湾岸道路に入り、首都高速に乗る。
さきほど戦闘があった品川の方は、
まだ火災が鎮火しないようだ。
病院の個室のベッドに、天木義彦隊員は体を横たえていた。
私は天木隊員に話し掛けた。
「怪我の具合はどうだ」
天木は、ベッドから体を起こしてニコリと笑った。
「ええ、もう大丈夫です隊長」
「そうか」
私は、何から切り出せばいいのか少し迷った。
「天木」
「はい」
「お前が隊員になってから、どれくらいになる」
「・・・1年半、というところですか」
「そうだな。アークスクイドが出たときに、
お前が負傷した小泉隊員を救って
代わりにミサイルを発射してくれた
お蔭で倒すことが出来た」
私は天木の精悍な横顔を見た。
「だが、腑に落ちないことがあるんだ、天木」
「なんでしょう」
「お前がいなくなると、ゴールドマンが現れる」
天木の顔が鞭のように引き締まった。
「そう、いつもそうだ。
ヒュゴイド、ジギスムント、バール、枚挙に暇が無いな。
お前の乗っている戦闘機が落とされたり、
お前がいなくなっているときに
ゴールドマンは現れるんだ」
私の言葉に天木は黙りこんでから急に笑い始めた。
「はははは・・・隊長、隊長は何がおっしゃりたいのです」
私は、間髪なく切り込んだ。
「天木、君がゴールドマンってことさ。
最近ますますそう思うようになっている。
君は今までシグルドで9回落とされている。
カネにすると、3000億円以上の損害になる。
だが、それはいい。
問題なのは、9回とも君が助かっている、ということだ。
これは運がいいなどということでは済む問題ではない。
そして、君が墜落したすぐ後に、その近くから
ゴールドマンがいつも現れるのだ」
私は一旦言葉を止めて、天木を見た。
だが、その深い瞳は静かに私を見ているだけだ。
「天木、君が宇宙人だと私は思っている。
それも想像を絶する力を持ったね。
だから、ひょっとすると君は私の精神を操作して、
別の記憶や信念を植え付けることもできるかもしれないし、
私の考えなど本を見るように読み取ることができる
かもしれない。
それでも私は君にこの疑問をぶつけざるを得ないのだ。」
私は天木を真っ直ぐ見据えた。
「ゴールドマン、君が地球を守る利益は、一体何だ」
沈黙が部屋を覆った。
最初に沈黙に耐え切れず言葉を発したのは私だった。
「直截的すぎたかな。
では少し私のことを話そう。」
私は両手を組んで昔のことを語り始めた。
「まだ私が自衛隊にいたときのことだ。
イラクのサマワという街で復興支援に当っていたときのことさ。
突然私の部隊は、ゲリラたちに攻撃された。
私は何とか部隊をまとめ、ゲリラを撃退した。
私の部隊の戦死者は一人もいなかった。
当時、自衛隊を戦闘地域には送らないと政府は言っていたが、
ゲリラ戦で戦闘地域でない地域なんてないのさ。
私たちは結局政府の米国への追従と、
憲法改正のための足固めとしてイラクに送られたんだ。
帰ってきたら、
英雄どころか白い目で見られたよ。
戦死者が出た方が自衛隊の重要性が上がった、
血を流す貢献ができたのに、ってな。
それ以来、私は正義というものを
真正面から信じられなくなったのさ」
「もっとも、君は宇宙人だ。
私たちのようにせいぜい100年しか生きられない人間とは
価値観も違うだろうし、
それが理解できないかもしれない。
だが、わざわざ遠くからやってきてこの赤の他人の星を
守ることによって得られる利益は何なんだ。
私たちは君のお蔭で怪獣退治は極めて楽だ。
にもかかわらず莫大な正面装備予算を組み、
カネ食い虫だの役立たずだの国民からは言われている。
それはいい。
国連軍という表面的名目はとにかく、
私たちは所詮日本の軍人だ。
国が守られているという結果さえ得ることができればいい。
それでも、共に闘う者の目的や意図する利益が
不明というのは、不安で仕方がないのさ」
天木は、私の言葉を聞いて、
一瞬天井を仰ぎ、
それから窓を見つめた。
「半分は、カネ、と言えばわかりやすいでしょうか」
私は、彼の口から意外に俗で理解しやすい動機が出てきたのに、
半分失望し、また半分安心した。
「もう3万年働いていますが、まだ惑星一つ買えません」
天木はニコリと笑って私の方を振り向いた。
それから天木は窓から空の方を眺めた。
「2万年ほど前、大熊座の方にとてもいい星を見つけました。
地球みたいな星で、まだ高度知的生命体は生まれていません。
せいぜい恐竜程度がいると思っていただければいいです。
私は、そこの赤道にある島で、
青い空の下で3つの月を見ながらのんびりするのが
好きでした。
いつかこの星を買ってみたいと思ったものです。」
そういって天木は布団を引き寄せた。
「でも、この前その島は沈んでしまったらしいですが」
なるほど、
今さっき車から見てきた通勤帰りのサラリーマンたちと同じく、
マイホームのために一生懸命働いているわけか。
スケールは違うが、小市民的であることに代わりはない。
「わかった。気に入った住まいを求めるために働いている、
ということだな。だが、もう半分はどういうことなんだ?」
それを聞くと、天木はすこし考え深げな表情を浮かべて右上を見た。
「隊長、あなたがイラクに向かったとき、政府の命令に逆らいましたか?そして、政府の命令の本当の意図を理解しようとしていましたか?」
なるほど、ゴールドマンも組織の者ということか。
だが、その組織とは一体何なのだろう。
最終的に地球を手に入れることを目的とする
星間国家ではないだろうか。
目的もなく
遠くまで公務員をわざわざ派遣する馬鹿な政府はない。
「それは君が属する組織が
地球にとって危険な目的を持っている可能性があるということを
意味しているのかね」
私は慎重に言葉を選んで尋ねた。
「わかりません。私は末端の者です。
ただ、この星を怪獣たちから守ること
が指令に含まれていることだけは確かです。
そういう意味で、通常の戦闘の際には私を信じていただいて
結構です」
天木の口調は極めて誠実だった。
だが、宇宙人でもあり、数万年以上生きている存在である
彼の「誠実」な口調を真正面から信じられるほど、
私は人生を見ていないわけではなかった。
100年にもなってないが。
「通常、か」
私は心の中でその言葉をそっと記憶の小箱に入れた。
結局、天木と私は密約を結んだ。
彼の秘密は守る。
その代わり、彼も目立つ行動はせず、
作戦遂行上私の指令には従うということだ。
とりあえず彼としては自分がゴールドマンであることが
一番重要な秘密のようだった。
またAMTに所属することで、
怪獣の情報をいち早く掴むことができる。
そういう意味で私との関係を維持することは
彼にとっては価値があるのだろう。
私は病院を出て、電車で帰るので
公用車にそのまま戻るように言った。
駅のベンチで、私は手持ちのノートブックPCを開いて、
株式の売買の申込みをした。
今日倒れたビルの本社の株価は下がるだろうし、
建設会社やデベロッパーの株は上がるだろう。
ネットを見ればこれらの情報はいち早く手に入るわけで、
インサイダー取引というわけではない。
私はノートブックPCを閉じ、プラットホームに滑りこんできた
電車に乗った。
車窓から品川の方を見ると、
怪獣によって起きた火事は
ようやく鎮火したようだった。
私は、目の前で居眠りをしているサラリーマンを見ているうちに、
自分も眠くなってきたのに気がついた。
何にせよ、今日は疲れる日だった。
(第壱話 英雄の正体 完)