すると、隣の部屋の奥さんといきなりばったり出くわした。
「あら、西村さん。今日はみなさんでどちらへ?」
いかにも探るような、訝しげな顔である。
ひろゆきの母が、落ち着いて答えた。
「崩御された天皇陛下の弔問のために、皇居へ記帳に参りますの」
「まあ」
隣の主婦は、目を丸くした。
「失礼」
ひろゆきの母は一礼し、その他の家族は後に続いた。
その後も何人かの知り合いと出会ったが、
同じような言い訳をして西村家は官舎を抜け出た。
姉が言った。
「ひろゆきにしては冴えてるじゃない?
記帳を言い訳にして食事に出るなんて」
ひろゆきは、軽蔑するように姉を見た。
「ねえちゃん、何言ってるの?」
「?」
「本当に記帳に行くのさ。ご飯はその後でもいいじゃないか。
こんな機会は、そう滅多にあるわけじゃないよ」
ひろゆきのセリフに、姉は仰天した。
父と母は目を見合わせたが、反対はしなかった。