2004年04月01日

昭和最後の日-5(@w荒

金田は呆れたようにひろゆきを見つめた。
「じゃあ、お前はお前自身しか必要としてないってことだ」
その言葉に、ひろゆきは頷いた。
「そうかもしれない」
「じゃあ、俺もいらないのかよ?」
金田はひろゆきを見た。
「それは・・・」
ひろゆきは、
プラスチックの箱の中に入っている
沢山のファミコンのゲームカセットを見つめた。
「もういいよ。わかった。帰れ。帰っていいよ」
金田は手を振ってひろゆきを追い出した。

バタン、とドアが閉まった。
「なんだよ、また追い出されたよ」
ひろゆきは、再び冬の街に出て行った。

ひろゆきは自転車で街を走った。
昭和天皇が崩御したせいか、店はどこも閉まっている。
ひろゆきは、再び中学校の方に向かった。
今日、1月7日は冬休みだが、生徒会の幹部の会合があった。
午前中は彼もそれに参加していた。
わざわざ冬休みにやらなくてもいいとは思うが、
休み明けの一日前には集まって
学校内の生徒会が管理する施設の見回りやらの
点検をしなければならなかった。
ひろゆきは生徒会の執行役員の一人だった。
彼のようにどちらかといえば面倒なことを嫌う人間が
この種の役職に就いているのは、
彼自身も不思議だった。
ひろゆき自身は気付いていないが、これは父の影響だった。

この日も父は灰色のコートを着て、家を出た。
ひろゆきは、その姿を見送った。
税務署に勤める父は、権威と秩序の象徴だった。
ひろゆきは、天皇制という、
一種歴史的で文化的な権威には
それほど興味が湧かなかった。
長い年月存在していただけのものだからだ。
だが、法律に基づく論理的システムには羨望を抱いていた。
税制というものは、
国家による最も精緻な法律によって支えられている。

説明がつく言葉によって支えられた権威。
ひろゆきは一種自由で束縛を嫌う放埓な性格の裏腹に、
公理的で論理的なシステムへの憧れをもっていた。
それは説明がつくものだからだ。

彼のコンピュータやファミコンのゲームについての嗜好も、
一種それによって理解ができた。
コンピュータには人生と違って論理と公正と正義と秩序がある。
コンピュータは人生と違って理解することができる。
コンピュータは人生と違って努力すれば報われる。
映画化された「ウォーゲーム」という小説の一節だが、
姉の書棚にあったその本を盗み読んだときに
彼はその一節に深く心を惹かれ、心の中に記銘した(@w荒

posted by 東京kitty at 15:51| 東京 ☀| Comment(0) | 昭和最後の日(@w荒 - 2ちゃんねる最初の日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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