渋谷駅の近辺はいつものようにごった返していた。
ハチ公の前は待ち合わせのために人々が集まり、
そのすぐ近くの三方に伸びる横断歩道を渡ろうとする人々のベクトルがあちらこちらで交差しあっていた。無論そのほとんどがもしかしたら初めて出会い、そして二度と会うことの無い人々だったのかもしれない。
だが、彼らはそこに居合わせたことで、そこでどのような運命に遭うにせよ、今までの人生で最大の経験をすることになったであろうことは疑い無かった。
人々はほとんど自分の行く先だけ見て進む。
前だけ見て進むのだ。
そんな中で、君はたまたま上を見た。
なぜ見たかはわからない。
たまたま好きな歌手が広告の動画で映っていたのかもしれないし、高楼の下でせわしなく蠢く自分を含めたこのにんげんという動物の滑稽さにため息をついて思わず天を仰いだのかもしれない(@wぷ
「あ」
青い空の中に、何かが光った。
君はそれを口を開けて見ていた。
やがて横断歩道の信号が変わり、君は道路の真ん中に取り残されたが、それでも君はそこを動こうとしなかった。いや、動けなかったのだ。
車が次々とクラクションを鳴らし、君の横を通る。
近くにある交番から警官が出てきて、君の方に近づこうとしている。
人々の視線の先に、君がいる。
君は口を開けながら、説明というより言い訳のために空を指差した。
人々も君の指し示す方向を見た(@w荒
最初蒼天の中の光点に過ぎなかったそれは、
段々と大きくなってきて、人々はその存在を識別した。
銀色で三角形のそれは、底に幾つかの円を有し、それらは幾つか新しく太陽が生まれたかのごとくギラギラと輝いていた。
問題なのは、その三角形が端から煙を噴き上げていたことだ。
人々はそれを本やテレビやビデオや映画の中では何度も見たことがあった。科学者たちが話すことも、それから狂信的とも思われる連中が話すことも、人々は無論全て知っていた。
それは現存し、目の前に迫っていた。
人々が、そのときの状況に気付き、逃げ出そうとしたときはもう遅かった。君の頭の上を掠めて、それは君の後ろにあったハチ公広場に墜落し、辺りを阿鼻叫喚が包んだ。
助かった人々は、その事件がどのような意味を持ったか認識した。そう、全てがチャラになったのだ。歴史も、社会も、生活も。今まで自分を含めて営々として築いてきたものが一瞬で木っ端微塵になったのだ。それは債権も負債も含めてである。
驚きと恐怖と同時に、君は言いようのない開放感を心の隅で味わっていたことを他の誰にも言わないでおこうと思ったに違いない。だがそれは問題ない。皆そう思っていたのだから。
裂けた死骸や、呻く人々を尻目に、君は墜落したそれに近づいた。もう自動車を運転しているような閑な奴はいない。全ての車は停車して乗っていた連中は外に出た。
交番にいた警官たちは真っ青になっていきなりピストルを手にとっていた。
「近づかないで!!」
日に焼けた大柄の警官が叫んだが、誰も言うことを聞かない。もうさっきまでの人類の歴史は終わったのだ。社会も、法律も、科学も、そして人々があれほどまでに追い求めてきた金までも、目の前に屹立する存在と事実の前ではただの陳腐な妄念にしかすぎなかった(@wぷ
君はそれに近づく。
跡形も無くなったハチ公のあった場所に、それは大勢の死骸を余り効果の無いクッションにして斜めになって存在していた。横から出ている煙の他は、特に目立った破損箇所すらない。
君はふと放射能の心配をした。今まで聞いたところではこれの仲間が出現したところでは大量の放射能が検出されたという話だからだ。だが好奇心がその不安に打ち勝った。
君は斜めになったそれの上側を見てみた。ふと何かに躓いた君は、それが若い女の目を見開いた血まみれの死骸であることに気付く。だが君はアパシーの中に逃げ込み、好奇心の虜となった。
突然、それの上部の一部が半透明になった。
子供のような形のものがそこからどさりと落ちた。
君は無論それが子供でないこともわかっていた。
背が小さく。頭でっかちで。色白で。
そして目がやけに大きいそれは、半透明の体液を体中から
流していた。
本当にいたんだな、お前ら。
その存在を前に、君は今まで虚構だと思っていたものが真実であり、真実と思っていたことがただの虚構であったことを思い知った。
君は近づいて異星の地で朽ち果てることになったその来訪者の最期を看取った。大きな頭がことりと横になり、4本しかない指が力無く開かれた。
君はその手のひらに金色の立方体を認めた。
何だろう?
君はそれを手にとって、あれこれと弄ってみる。
すると、君の頭の中に英語が流れ込んできた。
しかし、もっと不思議だったことは、君は英語がわからないはずなのにその意味がすらすらと分かったということだ。
「1マイル四方は完全封鎖だ!全部隊に徹底させろ!」
その強烈な意思の発する方向から、幾つもの爆音が聞こえてきた。8機ほどのカーキー色の大型ヘリコプターがこちらに近づいてきた。そしてそれは無論自衛隊のものではなかった。
君はそこを逃げ出すことに決めた。
なぜだかはわからないが、
あの意思は君にとって友好的なものとは思えなかったからだ。
君は下宿のアパートに到着する。
ふとつけたテレビでは、さっきまでいた渋谷の墜落現場の映像をバックに、大槻教授の引退宣言が流されていた。
君は、現場を映した画像の中で、警官を前に激しく小競り合いをする米兵たちの背後に一瞬だけ移った痩せぎすのサングラスの将校を認めた。君はコートのポケットに入れたままだった金色の立方体を握ってみた。
すると、再び英語が頭の中に滑り込んできた。
君はそれがあの将校の心の中の言葉ではないかと推測した。
「全くこんな場所に墜落するとは・・・今までの隠蔽の苦労がもう水の泡だ・・・。いっそ原爆でこの辺りを焼き払った方が良かった。今からでも遅くないのかもしれない・・・」
どうやらこの金色の立方体は、
ラジオの周波数を合わせるように
様々な精神に入り込むことができるらしい。
小さい仕掛けではあるが、極めて驚くべき機械だ。
君はこの機械の使い方に習熟しようと心に決めた。
次に君はネットに入ってみた。
2ちゃんねるは去年政府に潰されたばかりだが、
それでもYahoo掲示板や東京kittyアンテナをはじめとする
ブログにはこのニュースのことがいち早く論じられていた。
「それにしても米軍もトロいよなー(@wぷ
よりによって渋谷のど真ん中に墜落させて、
全部バレちゃうとはな(@wぷぷぷ
それはそうと米軍が来る前に誰かが何か持っていったりしてな(@wぷ」
東京kittyアンテナでこの記事を見たとき、君はどきりとした。読まれてる?何か知ってるのかこいつ?
君は何とかして東京kittyの心にチューニングを試みるが、全くうまく行かなかった。
どうもまだ全ての者の精神に入り込めるというわけではなさそうだ。
とりあえず、君は金色の立方体を握り、例の将校の精神に再び入ってみた。彼の思っていることが英語で君の頭に入ってくる。その感情についても、何故か口調という形で感じ取ることができるようだ。彼の記憶についても浸透できるだろうか?
できそうな気もした。
君は精神を集中させて、金色の立方体を強く握った。
ジョン・・ジョン・マッカビー。
そう、それが彼の名前だということに君が気付くのにそれほどの時間は掛からなかった。
(続く)
文章が、秀逸。