第1章 ソウル
統一朝鮮の首都ソウルは、
釜山への核攻撃で騒然とした空気に包まれた。
地球連邦は統一朝鮮に対して、ソーカ支援の停止、
佐世保から強奪された新型機動兵器の返還等を要求したが、
統一朝鮮政府はこれを突っぱね、
逆に釜山壊滅についての謝罪と賠償を要求した。
ここにおいて地球連邦軍沖縄基地、バイカル湖基地から
大規模な侵攻部隊が送られることとなった。
ソウルの沖に遊弋する第4遊撃艦隊と第11艦隊。
戦艦オオクボもその中にいた。
「アオイが見つかったって?!!」
艦橋にエリカが上がって来た。
「ああ」
ブッシュはスクリーンに画像を映させた。
「今届いた、情報部からの情報だ。ソウルのUSS(都市監視システム=Urban Supervision System)に侵入して君の友達の顔の3次元画像をキーに検索したら、見つかったよ」
それはソウルの東大門(トンデムン)の脇を走る道路に設置されたカメラから撮られた画像だった。アオイはエリカと別れたときの服装のまま、トラックの助手席に座っていた。
「恐らく、このトラックに積まれているのがCoolだろう。画像を追跡したところ、トラックはマスドライブシステムの方に向かっている」
ブッシュは言った。
「じゃあ、あたし出撃するよ!!」
「だめだ」
小泉艦長が冷たく言った。
「なんで!!」
エリカは食ってかかった。
「…ソウルにも核を撃つからさ」
ブッシュが言った。
「えっ…」
エリカは釜山で見たあの原子の火を思い出した。
「いつ、核を撃つの?」
「少尉、それは最高軍事機密だ」
小泉艦長が窘めた(たしなめた)が、ブッシュは右手を挙げて小泉の発言を押し止めた。
「あと1時間後さ」
「なら行くよ!!作戦を終わらせるには十分よ!!Cool、壊しちゃっていいんでしょ?」
「核を撃てばそれで終わりだ。わざわざNEVADAを出すこともない」
小泉艦長が苦々しげに言った。だが、それを聞いてエリカは切れた。
「あのね、ソウルのマスドライブシステムでCoolに宇宙に出られるのが怖いからわざわざここまで追ってきたんでしょ? 1時間もあれば打ち上げは余裕じゃん!ばっかみたい」
「マスドライブシステムはソウル郊外にある。核の直撃はないよ」
「だったら尚更でしょ。あたし、出撃するから」
「そんなことをお前の好きにできると思っているのか!!」
小泉艦長が激しい口調で言った。
だが、そこでまたもやブッシュが右手を挙げて小泉艦長の発言を押し止めた。
「わかった…だが、護衛はつけられない。データは持って帰ってくれたまえ。」
「うん」
エリカは頷いた。
「チョンの軍隊なんてあたし一人で十分よ」
NEVADAはシューティング・カタパルトに接着していた。エリカは各スイッチを押して最終点検をしていた。
「エリカ」
モニターのウィンドウが開いて、ブッシュが顔を表わした。
「なに」
「予め言っておくが、マスドライブシステムは壊しちゃダメだよ」
「わかった」
前方の発進許可ランプが青く点った。
「NEVADA、エリカいくよっ!!」
NEVADAは再び青い空の中の点になった。
第2章 準同型写像
島々を切り裂くようにして飛んだNEVADAは、ソウルの都心部に到達した。
「お遊びもしてみたいんだけど、時間に限りがあるんだから無理かあ」
思う存分殺戮遊戯を楽しむ時間が無いことにエリカは舌打ちをしたが、
「さっき見た東大門(トンデムン)くらい壊しとく?」
と思った。意思解釈システムはソウル市街地図から東大門にロックオンし、背中のポッドから発射されたミサイルが朝鮮の王朝時代からのシンボルを粉々にする様を戦術ウィンドウから見たエリカはちらりと微笑んだ。
「さて、アオイ…待ってなよ…」
そう思った瞬間だった。
「ロックオンされてる??」
レーザーによるミサイルの照準がNEVADAに向かっていることをエリカは認識した
「真下??」
エリカは直下のビル街の画像ウィンドウを見た。
統一朝鮮の主力機動兵器であるグエムルがランチャーから対空ミサイルを発射した。
「ちきしょう、直前までエンジン切ってたのね!!」
道理でレーダーに映らないはずだ。
NEVADAはミサイルを避け切れず、ビル街に墜落した。
無論、NEVADAの装甲ではこれくらいは何のダメージもない。
「ちっきっしょおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!」
エリカはビームサーベルを肩のバーニアランドセルから引き抜いて、キムチに向かっていった。
「邪魔なんだよこのキムチ野郎!!!!」
一閃、グエムルは真っ二つになって大破した。
「ふん」
エリカは腹立ち紛れに周りのビルにビームライフルを乱射し、辺りは破壊と叫喚の渦となった。何百人もの朝鮮人たちが直撃を受け、ビルの下敷きとなり、吹き飛ばされて死んだ。
殺戮と死からできあがった自分の「芸術作品」を尻目にエリカが飛び立とうとしたその時だった。
真っ二つにされたグエムルの右腕の脇に人影を認めた。
照準・拡大。
エリカの意識言語がその存在の明晰化を希求してNEVADAはそれに応える。
そこにあったのは、エリカと同じくらいの年齢の2人の少女がうずくまっている姿だった。
2人の少女は恐怖に満ちた表情で黒い機動兵器を見上げていた。
だが。
片方の少女が、決然と立ち上がって両手を広げた。
顔には恐怖と勇気と怒りの混合物が浮かび、NEVADAの戦術ウィンドウには少女の表情が大映しにされた。何か韓国語で叫んでいる。
何て言ってるの?
エリカがそう思うと、戦術ウィンドウに日本語の翻訳文が流れた。
「…たしたちの国を滅茶苦茶にしやがって!! お父様とお母様を殺しやがって!! でも私のともだちだけには手を出させない!!」
エリカは状況を瞬時に理解した。
そこには、彼女が佐世保で失ったものがあった。
愛、友情。どう呼んでもよい、世界への信頼と連帯の手がかり。自分の命を賭けても守ることができる、何か。
友達を庇ってNEVADAに立ちふさがる少女。
その背後に広がる彼女の想いが、エリカが佐世保で刻印された喪失感をひどく刺激した。
「ちょ・・」
エリカは憎悪と怒りで顔を歪めた。
「チョンの分際で…」
この少女は、世界を信じている。父母を失いながらも、ともだちという最後のよりどころを持っている。それを守るために、命をも顧みずエリカの前に立ちふさがっている。
エリカの心の中に残虐と憎悪が一瞬で充満した。
だが、どうしても引き金を引けない。
彼女が封印した過去の世界からの呼び返しに、エリカはまだ気付いていなかった。
戦術ウィンドウに、少女の発言と共に新しい翻訳文が流れる。
「ソニン、逃げて!!私はいいから!!早く!!」
立ちふさがる少女はうずくまる少女に声を掛けた。
うずくまっていた少女は泣きながら立ち上がり、後方へ走り出した。
そのとき、心の中に行き場を失って押し合い圧し合いしていた残虐と憎悪がその表現の機会を把捉し、エリカの眼は輝いた。
「チャーンス!!」
NEVADAのバルカン砲が数百発放たれ、逃げ出した少女はまるでダンスを踊るかのようにして、その肉体を弾丸に切り刻まれた。
「ぎゃははははは!!!!!!!!!!!ざまぁあ!!チョンが死んでるよ!!」
エリカは大声で笑った。
「ソニン!!!」
両手を上げて立ちふさがっていた少女は、庇っていた少女のもはや原型を止めない死骸の方に大声を上げて走り寄った。
「ソニーン!!!」
泣きながらその死骸の破片を抱きしめる。
NEVADAは、すかさずその少女を手で握り、顔のカメラの前に運んでいった。
「な、何をするの!!! 離せ!!!!」
「一番信じていたものを失った気分はどうよ? はん、あんたが守っていたともだちはあんたを置いて逃げてったじゃん!!」
相手に全く通じてないのを知りながらも、エリカはNEVADAの手の中でカメラを通して自分を睨みつける少女に叫んだ。
「もういい、あんた邪魔だから死にな!!!!」
ぷち、という音がした。骨と内臓が潰れていく。NEVADAの手のひらの中にいた少女は絶命した。エリカはその音と、自分の手にフィードバックされた少女の死の感覚を心行くまで味わった。
はずだった。
まだ何かが足りない。少女が手を広げて立ちふさがった映像の衝撃が、まだエリカの精神を侵蝕していた。
それをふりはらうかのように、眼、鼻、口、耳から血やら骨やら内臓やらが飛び出た少女の死骸を、エリカは汚いものようにビルの側面に投げつけた。ぴちゃりっ、という音がして、ビルの壁に新しい芸術が少女の血と肉と骨で刻印された。エリカは、右手を顔にこすりつけた。その動きはフィードバックされ、血だらけのNEVADAの右手が、やはりその顔部に血を擦り付けた。
「さて…お化粧もしたし」
エリカは心の動揺を血と死で形成された新しい残虐な芸術形式で整調したはずだった。だが、心のどこかにある綻び(ほころび)を通して封印した世界からのすきま風が漏れてくるのをエリカは感じていた。エリカは、次の行動の中に自分自身を溶かし込み流し込むことでそれを忘れようとした。
NEVADAは上昇した。ソウル宇宙空港へ。アオイとの最後のデートをするために。
第3章 光る闇を背に
天まで届くかに見える、宇宙船の巨大な加速射出カタパルトが見えてきた。
「あれね…」
マスドライブシステム。あのどこかに、Coolとアオイがいる。
すると、モニターに敵機動兵器のグエムルが10機ばかり映った。
どうしても通さない心算(つもり)のようだ。
「ち」
エリカは10機を意識し、意思解釈システムが直ちに連動して背中のポッドからミサイルが発射された。2機撃墜。
「くっ、8機も取り逃がした!!!」
さきほどの衝撃がまだエリカの心には蟠って(わだかまって)いた。
ともだちを助けるために立ちふさがった少女。そして泣きながら逃げ出した少女。
あれ…あたしとアオイだ!!
こころのどこかで次第に大きな声で叫ぶ過去の世界との心の共振を、エリカは止めることができない。エリカとアオイの過去を写像したかのような情景によって、エリカの凝り固まった氷のような憎悪と残忍さは水蒸気をあげながら所々溶けつつあるかのようだった。
そんなことを思っているから。
グエムルの接近に対処が遅れた。
「しまった!!」
ビームライフルから放たれたビームの雨が横殴りに降ってくる。回転、離脱、照準、発射、離脱。8機のうち、1機が燃料に引火した紫色の火をあげながら宇宙空港の付属施設に落下した。
「やばい…」
このままではやられる。エリカの残忍と憎悪の冷たい炎が消えかかっていた。
「アオイ…。」
エリカの心理的情景の中で、さきほどのかばっていた少女は自分に、そしてかばわれていた少女はアオイに変わっていた。
このままでは、追い込まれる・・・。アオイのところに行く前に。
「どっちにしても…あんたにあわないと何も始まらないし、何も終わらないんだよ!!!」
そう思うと、エリカの体に再びアドレナリンが分泌されはじめた。
「てめぇえら邪魔なんだよ!!!!!!!!!!」
並列オートロックオン、ポッドからミサイル射出、ビームライフル連続発射。
あっという間に5機が撃墜された。
「ばーか!!!」
マスドライブシステムの発射待機ランプで、アオイは上官に食ってかかっていた。
「中佐殿!!私も行かせてください!!」
「だめだ」
「どうしてですか!!」
「Coolをここまで運ぶためにどれほどの犠牲が払われたと思っているんだ。お前はここにいて発射を待っていろ。またグエムルが10機ばかり上がって行く」
「そんな…NEVADAにグエムルが何機かかって行っても勝てっこありません。性能が全く違うんですよ? NEVADAに何とか対抗できるのは姉妹機のCoolだけです!!それにマスドライブシステムを破壊されたら、宇宙(そら)には上がれないんです!!そうしたら、そちらの方が元も子もないじゃないですか!!」
それを聞くと、中佐の顔がこわばった。
「そんなことはさせない!!守備隊全員を玉砕させてでもお前とCoolは宇宙(そら)に送る!!」
「そんな!!私そんなにまでして宇宙(そら)になんて行きたくありません!!」
「甘ったれるな!!」
中佐がアオイの頬を張った。
「おとうさん…」
「CoolとNEVADAには、富士山で発見された超古代文明の技術が使われている…何が出てくるかわからない、恐ろしいものなんだ。そんなものを地球連邦に独占させておくわけにはいかないんだ!!」
「えっ…」
「さあ、行け。行くんだ!!」
中佐は、兵士たちに目配せした。兵士たちは、アオイを連れてシャトルの方へ向かった。
「おとうさん!!おとうさあん!!!!」
引きずられるようにして部屋を出たアオイの声が、どこまでも中佐の耳朶に焼きついていた。
「さて、私も行くか」
中佐は、格納庫に立つ黄色と黒で塗装されたモビルスーツ、ティグレ(虎)を見た。
「18機目!!!」
グエムルの腹のコックピットにビームサーベルを貫通させて、エリカは叫んだ。
背後の敵を感じる。
「おせえんだよ!!!!!!!!」
2本目のビームサーベルを肩のバーニアランドセルから抜いて、袈裟懸けに切り下す。
「19!!!」
アラームが鳴る前に、脳内で敵の動きをトレースしていたエリカは緑色の流線型のシャトルの後ろにいるキムチを見つけた。
「死ねよ雑魚!!!」
肩のショルダーマグナムを連射して、シャトルごとグエムルを破壊した。
「20…!! もうグエムルは食い飽きたよ!!!」
そのとき、戦艦オオクボから連絡が入った。
「少尉、情報部からの情報だ。空港内システムに侵入して検索したところ、Coolは第4発射待機ランプの方に向かった」
戦術ウィンドウに空港の地図が出て、エリカの現在の位置とCoolの場所が明らかになった。
「わかった!!」
「それと、ソウルへの核攻撃まであと5分だ! 」
「りょーかい!!」
NEVADAを上昇させようとした瞬間。
「なに?」
近づいてくる3機の機体。
「グエムルじゃない?ソーカの機体??」
ザフ・バーサーカー2機は照会がついた。だが残る1機は?
「新型?」
光学センサーに映ったその機体を見て、エリカは笑った。
「なんだよそれはよ!!黄色と黒かよ!!阪神タイガースかよ!!お前は!!!!!!」
ショルダーマグナムを連射した。
次の瞬間、そのモビルスーツは紅蓮の炎に包まれているはずだった。
だが。
「避けた(よけた)ぁ?!!」
さっきの腑抜けた自分ではもはやないはずだった。だが、確かにこの新型は避けた。
「パイロットの腕?機体の性能??」
ハンガーの後ろに回避行動を起こしたNEVADAを追って、2機のザフ・バーサーカーが迫ってきた。
「くっ!!」
ハンガーを貫いてビームライフルを撃つ。1機に命中したがもう1機は巧みに回避した。
「ボスがボスならパシリもパシリなりにやってくれるね!!」
ビームサーベルを八艘に構え、エリカはザフ・バーサーカーに下から切りつけた。ビームサーベルはザフ・バーサーカーのビームライフルごとその腕とコックピットを切り裂いた。
「やったね!!」
だが、その喜びはほんの束の間のものにしかすぎなかった。そのすぐ後ろから、ティグレが迫ってきたのだ。
「くっ、味方がやられるのを計算に入れて!!」
エリカは目に怒りを滲ませた。このパイロット、やる!!
ティグレは、ビームサーベルを最大出力にしてNEVADAに切りかかってきた。右、左、上、下。エリカは余りに鋭い敵の切先に防戦一方となった。
「ちっきしょーーー!!!!!!!!」
剣技については訓練と蓄積がものを言う。いかにNEVADAの基本性能がティグレを上回っているからといって、パイロットが有する格闘技能の差は歴然だった。
「あっ!!!」
ティグレの鋭い剣技によって、ついにNEVADAのビームライフルが飛ばされた。だが、エリカはこれしきのことでくじける少女ではなかった。
「まだまだああああああ!!!!!!!!!!」
もう一つのビームサーベルを素早く抜いて向かっていく。
「どけえ!!!お前なんかに時間を食ってるヒマはないんだよ!!アオイの!!アオイのところに行くんだ!!!!!」
意思解釈システムは自動的に周波数帯を検索し、エリカの肉声はティグレのコックピットに届いた。
「アオイを!!娘をやらせはせん!!」
その声を聞いてエリカは獰猛なものが心の中に湧いてくるのを感じた。
「ふざけんなオヤジぃいい!!!!!!!!!」
だが、ティグレのビーム・サーベルはエリカの隙を突いてNEVADAのコックピットに直撃を加えようとした。そしてエリカのビームサーベルもまっすぐティグレのコックピットに向かっていった。
その時と前後して。
ソウル沖に遊弋する地球連邦軍艦隊から、ソウルに戦略核が打ち込まれた。
「!!」
篭る(こもる)ような低い大きな爆発音が響いてくる。真昼の中にもう一つ真昼が生まれたかのように、NEVADAの周りにも閃光が煌いた。立ち上る巨大なキノコ雲が、大勢の朝鮮人たちの命を養分にして、相争うNEVADAとティグレの背後で花開いた。
ソウルの即死者数180万人。ソウルだけでなく、同時に平壌、太田、慶州、大邱等の統一朝鮮諸都市にも核が投下され、600万人が即死した。この時の全面的核攻撃で、統一朝鮮は石器時代に戻ったと言われている。
「また核を使ったのか!!悪魔どもめ!!」
中佐は叫んだ。
中佐は、ティグレのビームサーベルでNEVADAのコックピットを貫こうとした。
だが。
「う、動かない???電磁干渉か!!!」
核爆発後の電磁干渉により、ティグレの電子部品は機能が低下した。
「く、くそっ!!」
中佐は、目の前のモニターでNEVADAを見た。
「NEVADAは動けるのか!!核戦争下を想定した機体なのか!!!」
「ごちゃごちゃうるせぇえええええええ!!!!!!!!!!!」
NEVADAはティグレのビームサーベルをかわした。NEVADAのビームサーベルはそのままティグレのコックピットを貫き、エリカは貫かれたティグレをビームサーベルごと残して急速離脱した。
ティグレが爆発していく姿を見下ろしながら、そのときエリカは初めて自分が何をしたのか気がついた。
「アオイのオヤジを…殺しちまったのか…」
その光景は、発射寸前のシャトルからアオイも見ていた。
「おとうさん!!おとおさあああん!!!!!」
ティグレの爆発を見て、アオイは気が狂わんばかりに叫んだ。
「エリカ…許さない…許さない!!!!!!!」
涙に顔を濡らしながらアオイは叫んだ。
「あんたを殺すわ!!!!!!!!」
シャトルが発進を始めた。
加速する船体の中で、アオイは泣き続けた。
エリカは、静かにビームライフルの照準を合わせた。
「アオイ…」
アオイの父親を殺してしまったという事実を認識したエリカの心は、再び激しく揺れていた。
心のどこかに、ぽっかりと穴が開いたような感じだった。
撃った。
ビームはシャトルの脇を抜け、虚空に消えた。
もう一撃。
外れた。
エリカの瞳に、知らないうちに涙が溢れ、照準ウィンドウの四角い赤い稜線が認識できない。
最後の一撃が外れて、アオイとCoolを載せたシャトルは、宇宙(そら)へ旅立った。
空の一点に収束していくシャトルに向いながら、NEVADAは、射撃姿勢を取ったまま夏の夕暮れを背景に、ソウル宇宙港施設の廃墟の中に立ち尽くした。
どこかで、蝉が鳴いていた。
戦艦オオクボに帰投後、エリカは艦橋に呼び出された。
小泉艦長が冷たい口調で言った。
「敵機動兵器、24機撃破。素晴らしい戦果だ。だが…」
そう言って小泉艦長はメガドライブ・カタパルトを加速するシャトルへのNEVADAの射撃についての記録画像をモニターに流した。
「君への命令は…Coolの破壊又は奪取だったはずだ。少尉自らが志願して出撃したはずだったが、なぜ失敗したのか。なぜここまで射撃を外したか」
その言葉を聞いて、エリカはピクリと動いた。
アオイとの過去の思い出と、アオイの父親を殺した記憶が蘇って来て、エリカの自我の統一性を激しく揺さぶった。エリカは大きく唾を飲み込んでから気を取り直し、なんとか言葉を紡ぎ(つむぎ)出した。
「しょ…小官は…出撃前にマスドライブシステムの破壊を禁じられて…おり…それによってシャトルへの射撃が…失敗したものです…」
いつもと違うエリカの態度に、ブッシュも、小泉も、そして艦橋のクルーも瞠目した。
「も、申し訳ありませんでした」
ブッシュは、それを聞いてふん、と軽く笑った。
「ほんとう、かね?」
ブッシュの、真相を見透かしているかのような言葉に再びエリカは身を硬くした。
「は・・い。」
「…じゃあ、いいよ」
ブッシュは静かに言った。
「し、失礼します!!」
エリカは敬礼して艦橋を去った。
「まて、まだ話が!!!!」
そういう小泉艦長を、ブッシュが右手を挙げて止めた。
「まあ、いいでしょう。宇宙(そら)に上がってからこの分しっかり埋め合わせしてもらえば」
そう言って、ブッシュはエリカが去った艦橋の自動ドアをじっと見ていた。
エリカは、婦人士官区画にある自分のベッドに戻ると、あたり構わず泣き始めた。
戦艦オオクボと第4遊撃艦隊は、ソウル宇宙港のマスドライブシステムを使って、Cool追撃のために宇宙に向かった。
小さくなっていく日本列島と、焦土と化しそれが上空からも明らかな朝鮮半島の景色も見ず、エリカはベッドの中で涙に塗れた布団に包まって(くるまって)いた。
そしてそれは誰?