第1章 追跡
エリカはNEVADAのコックピットに入った。
彼女は機動兵器の講習を受けたわけではない。
機械の知識があるわけでもない。
ただ、この黒いNEVADAが目に入ったから。
そして、アオイがこの隣にあった機体を動かしたので
自分にもできるかもしれないと
思い込んで乗り込んだだけだった。
だが。
「アオイ、許さない!!逃がさない!!」
そうエリカが思うと、何とNEVADAは動き始めた。
「えっ・・・。私何もいじってないのに。」
彼女の頭にあるアイデアが閃いた。
「もしかすると・・・」
もしかするとこのロボットは、パイロットの思った通りに
動くのかもしれない。
「飛べ」
エリカの鋭い思念を反映して、
NEVADAはバーニアをふかし、
戦艦オオクボを飛び去った。
「アオイの乗ったロボットは??」
そう思った後、彼女は思い直した。
「このロボットの隣にいたロボットの方に
飛べ」
そう思った瞬間、NEVADAは急に推進方向を
変え、エリカは急なGに死にそうな思いがした。
戦艦オオクボを襲ったザフ・バーサーカーに乗り込んでいた
金軍曹はオオクボからもう一機の機動兵器が
出てくるのを確認した。
「ちぃ、追ってくるのか?」
ビームライフルを構えて実装された火器管制プログラムに
目標座標データを渡す。
「何?」
何という運動性能だろう。
NEVADAはロックされる前に
あっという間に彼の視界から消え去った。
「邪魔よ!!死ね!!!」
エリカが空気を引き裂くような声で叫んだ。
「ぐあああ!!!」
金軍曹は恐怖の断末魔を挙げて業火の中で
苦しみ悶えて死んだ。
ザフ・バーサーカーはNEVADAの
ビームライフルの光に貫かれ、
金軍曹の棺桶になった。
青空と白い雲の中で、
燃料やらエンジンやらの爆発で
ザフ・バーサーカーは花のように
散った。
「ばーか、死ねクズ」
エリカはせせら笑ってCoolを追った。
「簡単じゃん、これ」
ザフ・バーサーカーを撃破し、
エリカはNEVADAの操縦を直感的に把握した。
「飛べ!一番速く!!」
青い空と白い雲、そして青い海がエリカの眼前で次々と
展開し消え去っていく。
風景を次々と発生させていく、
眼前の極小の一点だけが、エリカのそこにある世界になった。
さっきから下着が経血でべとべとで気持ちが悪い。
エリカは純粋な憎悪に自分を化身させることでそれを忘れようと
した。
「!」
見えた。さっきのロボット!
「あぁぁおおおぃぃいいいいい!!!!!!」
照準、ロック、発射、回避
一連の動きをエリカは何の訓練もなしに
やってのけた。
眼前のモニタに広がる世界は果てしなく回転したが、
エリカはまるで目が回ることはなかった。
衝撃緩衝システムにより逆方向へのコクピット全体の
回転が生じ、NEVADAの体勢に関係なく
パイロットが回転によって影響を受けることはない。
だが、縦横上下前後のGに関してはアブソーバが
完全というわけではなかった。
それでもエリカは堪えた。
「アオイ、聞いてるの!!」
このころになると、エリカの動作意思は
操縦システムの意思解釈システムと密接にリンクし、
すぐさま通信周波数帯の検索が始まった。
「・・・エリカ!!」
Coolの中で、アオイは愕然としてエリカの声を聞いた。
「何であたしを裏切ったの」
エリカは押し殺した声で聞いた。
「…エリカ。私と一緒に来て」
突然のアオイの要望に、エリカは「は?」と聞き返した。
「私はもともとソーカの人間なの。身分を隠して学校に来ただけなの。」
「そんなことで許してもらえると思ってるの?私に本当のことを言わず、黙って、しかもあんたの仲間はあたしを、あたしを殺そうとしたんだよ?」
エリカは叫んだ。
「それに、戦艦を出るとき、一瞬私に銃を向けたよね、あんた!あたしに!!このあたしにさ!!そんな奴らのところに行けっていうの?バカ言わないでよ!!」
その時。
ザフ・フォルツァに搭乗した朴梅夫少尉は、前方でNEVADAとCoolがやりあっているのを確認し、突っ込んできた。
「軍曹、何をやっているんだ!!」
「邪魔だっつーんだよ!!!」
エリカは殺意を滲ませて叫んだ。
NEVADAの頭部のバルカン砲が開き、
ザフ・フォルツァを射撃した。
「くっ…!!」
「おせえんだよ!!!」
エリカはビームライフルを構えて連射した。
ザフ・フォルツァは紙切れのように装甲がこそげ落ちた。
「軍曹、行け!!回収ポイントに向かうんだ!!!」
ザフ・フォルツァは僚機同様青い空と白い雲を背景に散華した。
「は…はい!!」
アオイは加速してその場を立ち去った。
「待ちな!!!」
エリカがCoolを追おうとしたその瞬間。
「!」
なんだ?動かない。
エリカの意思と操縦システムの意思解釈システムのすり合わせが
うまくいかない。
「どうして?」
エリカは周りを見た。
「くっ!!!」
彼女が見たコックピットの金属製のフレームに、
「三菱製」の文字があった。
「このボロ機体がああ!!!!!」
第2章 蛇の系譜
ジス・バイパーによって回収されたNEVADAは
戦艦オオクボに帰投した。
艦橋のモニターでそれをみていた艦長席の若い軍人と、
同じ程度に若い背広を来た民間人。
「ねえ、小泉艦長」
「は?」
「艦長さんが戦死した以上、先任将校の君が艦長なのは
当然じゃないか?」
「・・・ブッシュさん」
「そう他人行儀にならなくてもいいよ。小泉大尉。僕と君は祖先の代から
ずっとうまくやってきたじゃないか。僕は国防産業会議理事。
君は新鋭戦艦オオクボ艦長。これからもうまくやっていこうよ」
「は」
「だからそう堅くならなくてもいいさ」
「は」
「それにしても驚いたな」
「ええ」
「初めて乗った心理操縦システムでいきなり90パーセントの
シンクロ率出されたら、数億ドレンもかけて受精卵から生成した
生体CPUなんてバカバカしくなっちゃうねえ」
「・・・」
「あの子さ」
「は?」
「このままNEVADAのパイロットにしちゃおうか? Coolと戦わせて実戦データを取ろうよ」
女性士官がエリカを尋問している。
「では友達を追ってNEVADAに乗り込んだというの?」
「…」
エリカは果てしなく暗い目をして頷いた。
「あなたのやったことは、連邦軍の軍事機密に許可なく触れたことで、
極めて重い罪にあたるのよ!!」
「…敵を2機倒したもん」
声のトーンに、少しいらだちが混ざった。
女性士官は絶句した。
「あんたたちを守ったの、あたしなんだよ。態度でかくない、あんた。
顔洗ったら?」
突然エリカの顔に修羅が憑依した。
「まあ、そのへんでいいでしょう」
ドアが開いて、ブッシュ委員と小泉艦長が入ってきた。
小泉艦長が合図すると、
女性士官は敬礼して退出した。
「さて・・・」
ブッシュはじっとエリカを見た。
「さっきから室内のモニターで一部始終見せてもらったよ。
友達のあとを追いたいんだって?」
「・・・そう。でももう友達じゃないよ。
あたしを、裏切ったんだ。敵だよ。」
エリカは目に炎を燃え立たせた。
「いいだろう。君には、あの機体・・・NEVADAの
パイロットをやってもらう」
「ほんと?」
それを聞くと、エリカの目に意外さと歓喜が浮かんだ。
「但し・・・」
ブッシュは指を一本立てた。
「君には軍の士官になってもらうし、こちらの指示には
全部従ってもらう。いいね?」
エリカは、ブッシュの発言を慎重に聞いていたが、
やがて静かにうなずいた。
「よし、では君は今日から…少尉さんだ。いいね、艦長」
小泉は頷いてエリカに言った。
「地球連邦軍軍規第43条の2第5項の規定に基づき、交戦中の艦長特権としての野戦任官権限により君を地球連邦軍少尉並びに新型機動兵器NEVADAの専属操縦士に任命する」
小泉はそう言った後、固まったように動かない彼女を
いぶかしげに見てから言った。
「敬礼したまえ」
エリカは、無作法に右手を額に当てた。
第3章 別れ
「で、ご家族とはお別れしなくて本当にいいの?」
女性士官が尋ねた。
「はい。そう言っておいてください」
エリカはぶっきらぼうに頷いた。
誰があんな小うるさい連中。
新しい世界に入っていけるんだから、もうあいつらはいらない。邪魔。
「でも…」
女性士官の言葉を聞いてエリカは切れた。
「ちっ、うるせーよババア。いいっていったらいいんだよ!
あたしはもう少尉なのよ。あんた軍曹じゃない。上官に向かって生意気よ!!」
それを聞いて女性士官は絶句し、ガンルームから出ていった。
艦内放送が響く。
「これより本艦は、奪取された新型機動兵器を追って出動する。」
続いて、エンジンの音と共に艦体が動きはじめるのをエリカは感じた。
エリカは、窓から外を見た。既に時間的には夕方だったが、
初夏の日差しはまだ明るい。
「あっ…」
彼女は高台にある、自分たちの小学校を認めた。そしてあの坂も。
「アオイ…」
ほんの9時間前は、彼女とその友達はただの小学生だった。
今や2人とも軍人、それも敵同士の軍人になってしまった。
エリカは、目の前にある自分の過去の世界が
大きな音を立てて扉によって閉ざされるのを見たような気がした。
エリカは顔を歪め、静かに泣き始めた。
さっき変えたばかりの生理用品が、
また自分の経血で濡れていくのを彼女は感じた。
彼女の世界は時間と方向を失い、ただの無秩序な混合物となった。
戦艦オオクボは出航してからすぐ艦首を回頭し、
佐世保の風景はエリカの見ていた窓からはついに見えなくなった。