2004年06月18日

NEVADA (@w荒 第1話 ともだち(@w荒

NEVADA
第1話 ともだち
第1章 坂の上の木馬

佐世保。朝8時(@w荒

初夏の陽光が容赦なく降ってくる。
「ざけんじゃねえ」
6年生のエリカは
小学校への坂を陰鬱な顔をして苦しそうに登っていった。
汗が顔中の穴から既に猛烈に噴出している。
道路の脇の葉の匂いが、やけに鼻につく。
ぺっ。
道の真中に唾を吐く。
面白くもねえ学校。
面白くもねえクラス。
下着が、気持ち悪い。

あーあ、かったりー
エリカは、坂の上から見下ろしているかのような
学校の時計台をうらめしそうに見つめた。
大体こんな坂の登り切ったところに学校なんて作るなっつーの。
朝は嫌いだ。夜が好き。
エリカは、朝に弱い。坂を歩く一歩一歩がやけにだるい。
ま、いっか。
アオイとくっちゃべられるだけで気も晴れるし。
あと少し。あと少しでクーラーの効いた教室だ。

その時。
彼女は潮の香りと共に感覚に運ばれてきた
エンジン音の低い大きな唸りを聞いた。

「うぜえな・・・・」
エリカは下を向いた。
「こちとら生理なんだよ」

だが、エンジンの音は大きくなっていくだけだった。
エリカが舌打ちしてもう一度顔を上げると、
アオイが佐世保港を見下ろしてずっと先の方に立っていた。
彼女は上を向いてエンジン音の源を見つめた。
アオイにつられてエリカもそれを見た。

まるで木馬のようだ。
エリカは空を飛ぶ戦艦を見て思った。
連邦軍の戦艦だろう。

「おはー」
エリカが歩を早めてアオイに近づくと、
彼女は振向いた。
だが、その表情は硬く引き締まっていて、
普段のアオイの顔ではなかった。
「朝っぱらからすげーの飛んでるね」
「…地球連邦軍戦艦オオクボ」
「は?」
エリカは訝しげにアオイを見つめた。
「いこ」
彼女はずんずんと歩きだした。
変だ。
いつもと違う。そう、いつもと違う。大人しいアオイが。
いつもわたしの話をふんふんと聞いているだけのアオイが。
いつもはわたしがあんたを引っ張っていくのに。
何だっていうの?
それにあのクラスの端っこに座ってる
やせっぽっちのメガネのだせー軍事ヲタクじゃあるまいし、
どうしてあんたが戦艦の名前なんて知ってるの?

アオイは転校生。
わたしだけがあの子の友達。そして多分あの子だけがわたしの友達。
クラスの中で浮いてハブられそうになったときもわたしが庇ってやったし。
わたしが何でもあんたに教えてやって、あんたはわたしについてきた。
なのにあんた、変だよ。
これじゃあんたがわたしをリードしてるみたいだ。

エリカは、アオイの背中を見て坂を登りつつも、
なぜかその背中を追い越せない空気に
押しつぶされそうだった。
このアオイの圧倒的な存在感は一体何なのだろう。
エリカは生理の鈍い痛みと共にアオイの背中に一瞬激しい憎悪を抱いた。

2章 歓迎会
「今日は佐世保港に地球連邦軍の戦艦が来港しました。
みなさんで歓迎会に出席します」
それを聞いたとき、クラスは白けた雰囲気に包まれた。
ただ一人、軍事ヲタクのメガネの康夫だけが万歳を叫んだ。
このやせっぽっちはいつも何かズレているんだ。
エリカは彼を軽蔑していた。

佐世保という町は、
確かに佐世保港にまつわる軍需によって支えられている。
この学校に通っている子供たちも、
軍人たちの落とすカネで生きているようなものだ。
だが、彼らは親たちから軍人の恐ろしさ、意地汚さ、醜さもまた
ずっと小さいときから耳にタコができるほど聞かされてきた。
エリカもそのうちの一人だ。
それでも、彼女は皆とは感想が違っていた。
その理由は今日の登校時のアオイの態度だった。
あの子、あの戦艦を見て目の色変えていた…
あの船の近くにいけば、何かわかるかもしれない。
アオイは、いつもと違って相変わらず近づき難い雰囲気を醸し出していた。
「アオイさん」
担任の女教師がアオイを呼んだ。
「はい」
「今日は、艦長さんにお花をあげていただきます。いいですね」
「はい」
アオイは静かに頷いた。
エリカはそんな彼女を薄く目を開けながら見ていた。
変だよ。あんた、なんか変。
エリカの心はその2つの文章を無限に反復していた。
それは生理の鈍い痛みを和らげるためのある種の呪文のような
働きをしていたといっていい。

佐世保軍港。
「でかいなあ…」
エリカは戦艦オオクボを見上げて思った。
確かに飛んでいるときもでかかった。
だが、近づいてみるとあらためてその大きさに驚く。
今起きている、地球連邦から独立を狙う宇宙コロニー国家ソーカと
地球連邦軍との全世界における小競り合いがいつエリカたちの
生活にも関わってくるかわからなかった。
だが、エリカはそんなことなど意識したこともなかったし、
彼女の生活は狭いクラスの中で閉じていた。
外界の世界のことなどどうでもよかった。
まるで姉妹のような
アオイとの世界だけが彼女の最後の砦だったのだ。
残りのクラスの連中?
ああ、どうでもいいやあんな連中。
だが、その砦に今朝ほころびが生じた。
エリカはそれを繕うためにそこにいた。

オオクボの脇の搬入路の近くに、様々な補給物資が積み上げられ、
コンベヤで艦内に飲み込まれていく。
彼女のクラスの子供たちは、オオクボの近くに設けられた
しょぼい「歓迎会」会場にやってきた。
「だっさ。いい男いないね」
「軍人とか言ってもねえ」
「おっさんばっかり」
クラスの馬鹿女どもがすでに陰口を聞きまくっている。
エリカは薄く笑いながらもその意見には同感だった。

どうでもいい大人の話。どうでもいい戦争のこと。
そんなつまんねー話が終わってようやくアオイが花束を渡す段取りになった。
だが…
「あれ?」
アオイが、いない。
皆があたりを見回したときだった。
「敵襲だあああああ!!!!!」
金属を引き裂くような声が辺りに響いた。

第3章 強奪と死
エリカは太陽の中に影を認めた。
その影は急に大きくなり人型となった。
頭部の一つ目がギラリと輝くのをエリカは確かに見た。
だが、それはすぐに視界から消え去り、
彼女の周りは轟音と爆風と火炎に
包まれた。
ザフ・バーサーカーとザフ・フォルツァの
ソーカの2機の人型機動兵器(モバイル・トルーパー, Mobile Trooper = MT)がオオクボを襲った。
エリカは爆風に吹き飛ばされ、机にしたたか背中を打った。
「いてて…」
轟音のせいか、耳があまりよく聞こえない。
周りは軍人や同級生たちの死体で一杯だった。
一瞬、エリカは何が起こったかわからなかった。
そして眼前に横たわる死体の群れの意味も。
だが、少し遠くの方にある担任の首が取れているのを見て
彼女も心の中に鋭く突き刺さる彼らの死の認識を否応なく獲得した。
どうでもいいこんな連中。
死んでせいせいしたよ。
エリカは荒々しい感情を奮い立たせた。
そうでもしない限り、泣き出しそうだったからだ。

「うっ…」
ああ。
あの軍事ヲタクのやせっぽっちメガネ、端っこの方で
しぶとく生きてる。
そんな。
そんなものはどうでもいい。
あの子はわたしの唯一の友達。わたしはあの子の唯一の友達。
あの子が来るまでは学校が終わるのだけが楽しみだった。
終業のチャイムをずっと待っていた。
「アオイ…は?」
エリカは周りを見回した。
煙の先。オオクボの艦内へ走っていく小さな影。
「アオイ!!!」
エリカは跡を追った。

アオイともう一人の少女マサコは、格納庫にもぐりこんだ。
敵襲による混乱、怒号、轟音、爆風は格納庫にも及んでいた。
彼女たちは、搭載されている
ピンク色と黒色に塗装された2機の人型機動兵器、
地球連邦軍の新型であるCoolとNEVADAを見て頷いた。

アオイは、この瞬間になぜか過去の思い出が映像になって
頭の中を駆け巡るのを抑えることができなかった。
ソーカのエリート少女スパイとして、
今隣にいるマサコと訓練を受けたあの辛い日々。
身分を隠し、この佐世保にこの作戦のためにもぐりこんできた
2年前。転校したときの冷たいクラスの態度。
そしてただ一人手を伸ばしてくれた友達。
エリカ。

だが、その彼女の一瞬の追想が油断を生んだ。
「誰だ貴様ら!!」
兵士が彼女たちに銃を向けた。
マサコは躊躇せずに銃を撃ち、兵士は倒れた。
「さあ、今のうちに!!!」
「うん!!」
アオイたちが両機の方に駆け寄ろうとしたその時。
「まって!!!!」
その声に、アオイは聞き覚えがあった。
「エリ…カ」
アオイの声と表情は凍りついた。
「あんた……一体こんなところで何をやってるの」
「エリ…カ」
アオイは固まって閉じた自分を意識した。
その時。マサコがずいっと前に出た。
「アオイ、先に行って」
「えっ」
「行って。私が上官のはずよ」
「…わかった」
アオイがピンク色のCoolの方に向かうと、マサコは銃をエリカの方に向けた。
エリカは事態を把握した。
「あんたら、スパイね」
「だったら、どうだっていうの」
マサコがそう言うか言わないか。
エリカはもっていたカッターナイフを投げつけた。
銃声が鳴った。
だが、マサコの手にカッターナイフが当たり、撃った弾は外れた。
「このぉおおおお!!!!」
エリカは渾身の蹴りをマサコの腹に叩き込んだ。
「ぐぇええええええええ!!!」
コックピットに入りOSを起動させたアオイは、モニターから
はらはらしながらこの様子を見ていた。
「マサコ!!!」
だが、マサコも負けてはいなかった。
二人は殴り合いながらくんずほぐれつしていたが、
やがて銃声が響いた。
「!!」
アオイは二人の様子をコックピットの中でじっと見守った。

マサコの凍りついたような瞳が銃を手にした
エリカを映している。
マサコの口から、つーっと血が流れた。
温かそうな、粘度が余りなさそうな、血。
マサコは一回大きく咳き込んで、大量の血を床に吐いて倒れた。

血。
ああ、今日わたしが朝トイレで垂らしてきたのと同じ血。
エリカは、格闘の際奪い取った銃を手に把りながら
マサコの口から流れる血を思ってなぜか今日の朝
白い陶器に流し水に溶けていった自分の経血を
思い出していた。
それは、彼女にとって慣れ親しんだ液体だった。
血って、怖くないんだ。
どけよ。
エリカは無造作にマサコの死体を自分の体からどけた。
「マサコ!!!!!!」
アオイはコックピットの中で絶叫した。

その時。
彼女がもってきた通信機が呼び出し音を鳴らした。
「は…はい…」
涙を流しながらアオイは応答した。
「作戦の遂行状況は?!」
「…マサコが…金少尉が…戦死…
 新型機動兵器一機を鹵獲(ろかく)…」
そこまで言ってアオイは嗚咽を始めた。
「軍曹!!時間がない。その一機を奪取して脱出するぞ!!」
「りょ…了解…」

ピンク色のCoolはスタビライザーから拘束具を引きちぎり、
自立歩行を開始した。
「エリカ…」
アオイはビームライフルを一瞬エリカに向けた。
だが、その近くにマサコの死体があることに気付き、
涙を流しながらバーニアをふかし、船から飛び去った。

「アオイ!!!!!!」
エリカはCoolのバーニアの爆風に耐えながらも、
その去っていく姿をじっと見ていた。
あんたがスパイだったなんて…
エリカは歯がみをした。
「裏切ったんだね、あたしを!!!」
複数形でなかったことに、彼女の情念の性格が何かがはっきりと
表示されていたといっていい。
「よくも!! よくもよくもよくも!!!
友達面してうちの学校に乗り込んできてくれたよ!!」

アオイが最初に転校してきた日。
それはエリカの初潮の日。
世界が始めてエリカに覆い被さって来た日。
エリカはあの日暗い顔をしていた。
そしてアオイもやはり暗い顔をしていた。
痛かったのだ。
たまたま同じ方向に帰って、
「あんたも?」「わたしも」と言い合って
思わず笑ったあの日。
ほんの少しだけ痛みが軽くなったあの笑い。
楽しい思い出。クラスはみんな敵だったけど、
あんただけはわたしの味方だった。
でも、あんたは裏切って去っていった。
残されて。
わたしだけここにいる。ここに。こんなところに。
兵士たちの屍骸。爆音。
そしてわたしと同じ年代のこどもの死体。

エリカは床を平手で叩いた。
「くっ…」
激しく動いたせいか、
脚にはもう血が流れている。
彼女は下着の下の気持ち悪さと、
彼女を裏切った世界と友人への憎しみを
原料にして自分を再構成した。
エリカの目からは涙がこぼれていたが、
やがてあるものを見つけ、眦(まなじり)を決して
立ち上がった。
彼女が走っていった先にあるもの。
それは残ったもう一体、漆黒に塗装された
新型機動兵器NEVADAだった。
posted by 東京kitty at 20:53| 東京 🌁| Comment(7) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
暇だなw
Posted by at 2004年06月22日 01:48
ぅん。
Posted by きんぐ at 2004年07月25日 15:24
内容無茶苦茶w
何がやりたいのか分からんw
Posted by   at 2004年08月24日 14:35
ムチャクチャで面白かったよ。
Posted by at 2004年09月12日 18:25
4話まで読んだ。泣けた。
Posted by at 2005年06月08日 03:52
おつかれ
Posted by プゲ◆puge at 2005年10月21日 20:47
本気で感動した
Posted by at 2006年02月04日 19:36
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